京セラフィロソフィ 第四十九条 小善は大悪に似たり-2

モモ君の勇気の記念品:「できない」から「できた」への成長

休日の我が家はとても賑やかでした。親戚が持ってきたお土産が、家族みんなの注目の的です。モモ君はキラキラした目でそのプレゼントを見つめ、興奮気味にお母さんに言いました。 「お母さん、これすごく綺麗だね!幼稚園に持って行って、先生やお友達に見せてあげたいな」

お母さんは微笑んでうなずきました。 「素敵なアイデアね!みんなと分かち合うのはとても良いことよ。でも、先生には自分でちゃんとお話ししてね」

すると、さっきまで興奮していたモモ君の声が小さくなりました。 「でも……恥ずかしいよ。言える自信がないもん。お母さん、代わりに先生に言ってくれない?」

お母さんはまっすぐモモ君を見つめて、こう言いました。 「モモ君、もしお母さんが代わりに言えば、今は楽かもしれない。でも、それではモモ君が自分の気持ちを伝える練習をするチャンスを奪ってしまうことになるの。お母さんが突き放すのは、愛していないからじゃないわ。挑戦させないことこそが、結果的にあなたの成長を妨げてしまうからなの。お家でなんて言うか一緒に練習しましょう。練習すれば、学校に行っても怖くないわよ!」

翌朝、幼稚園の門の前で、モモ君はまだ少し緊張していました。しかし、彼は深く息を吸い込み、昨晩のお母さんとの約束を思い出しました。そしてついに一歩を踏み出し、先生のもとへ歩み寄って「みんなにシェアしたい」という気持ちを伝えることができたのです。

先生の驚いたような笑顔と、お友達が集まってくる様子を見て、モモ君の瞳には自信の光が宿りました。今回、彼はただお土産を分かち合っただけでなく、自分自身の力で「勇気」という何よりも大切な経験を勝ち取ったのです。

この物語は私たちに教えてくれます。もしお母さんが最初に「小善」の立場ですべてを手助けしてしまっていたら、それは「大悪」となり、モモ君が経験から学ぶ機会を永遠に失わせていたかもしれないということを。

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2025-12-30